無職の絵日記

ただ何もしていないだけです。

メッセージと偶然

生きていて、メッセージを受け取ったと感じることがあります。この場合のメッセージというのは、具体的な手紙であるとか電話であるとかいうことではなく、自分の身に何かの出来事が起こり、それに意味を見出すことです。その出来事が起こったのには意味があり、それは自分自身に何かを伝えるためなのだ、と解釈するということです。このような経験は、多い少ないはあれど、誰しも思い当たるところがあるのではないかと思います。

私自身も、頭では「何にでも意味を見出そうとするのはバカらしい」という態度を取りつつ、自分にとってショッキングな出来事が起こった際などには、ついついその出来事が自分の身に起こったことに何らかの意味を見出そうとしてしまうことがあります。物事の因果関係を認識することは、科学的な思考を行う上での基礎であるとは思いますが、それとこれとは話が別です。どう別であるのかと聞かれると説明するのが難しいは、私自身よく分かっていないからです。

アインシュタインは、「神はサイコロを振らない」と主張して量子力学を否定したそうです。これは、量子力学の確率論的な説明に納得できなかったアインシュタインの言葉であると言われています。量子力学については後に、アインシュタインが誤っていたことが分かったわけですが、当時のアインシュタインの態度は科学的でなかったと言えるのでしょうか。それとも科学的であったゆえに誤ったのでしょうか。とにかく、現在の量子力学の世界においては偶然性ということが支持されているようです。

もちろん、物理学あるいは量子力学で標準的な考え方であることが即ち、世界の見方として正しいと言えるわけではありません。この世の出来事の全てに意味があり必然であると考えるのも、全ては偶然であると考えるのもどちらも不自然に感じます。また、どの出来事が必然でどの出来事が偶然なのかということは人それぞれの感じ方によるものと思います。結局のところ、正しかろうが正しくなかろうが、人は自分の納得いくようにしか物事をとらえることができないのかもしれません。