無職の絵日記

ただ何もしていないだけです。

歴史に仮託すること

漫画だとか小説だとかを読んだりして、「ああ、これは自分が言いたかったことだ」とか、「自分が思っていたことを描いてくれている」と感じた経験は誰しもあるかと思います。そのように感じさせる力が強い作品は、共感性が高い作品だと言われて人気をはくしたりします。SNSでも作品の解釈が盛り上がったりしますが、これは自分が言いたいことを作品に仮託している側面もあります。そのような読者によって行われる仮託は作者の意図どおりのこともありますし、作者の意図とは関係なく発生することもあるでしょうが、フィクション作品の楽しみ方のひとつであると言えるでしょう。

このような仮託がフィクション作品だけでなく、実際の出来事だとか歴史についても行われる場合があります。世の中には歴史物というジャンルがあり、小説や漫画はもちろんのこと映画やドラマで非常に人気があります。それらはもちろんフィクションですから、それらの作品に共感したり仮託を行って楽しむというのは問題ありません。問題になるのは、歴史そのものに仮託が行われた場合です。司馬史観という言葉がありますが、ひとは人気のある歴史物の世界観やストーリーを本当の歴史と混同することもあります。

仮託という言葉は「他の物事を借りて言い表すこと」という意味ですが、「他の事柄を口実にしたり利用したりすること」という意味でも使われます。フィクション作品とは違い、歴史に仮託を行うということには問題が生じます。歴史というのは決して一面的に捉えられるものではなく、複雑にからみあった事柄を多面的な目線で読み取る努力が必要なものです。ですから、自分が言いたいことを自身に都合のよい歴史解釈にかこつけて人に押し付けるようなことがないよう気をつける必要があります。