無職の絵日記

ただ何もしていないだけです。

ショートショート「ブラシの遠足」(1016文字)

 僕は毎日、ゴールデンレトリバーのジョンをブラッシングする。
 ブラッシングに使うのは、ジョンがお気に入りのブラシで僕が小学校に入る前、ジョンがまだ子犬のときから使っているものだ。
 ジョンはブラッシングされるといつもうれしそうで、笑っているように僕には見える。

 ある日、ジョンをブラッシングしようとすると、ブラシが見つからない。
 いつもはわざわざ僕を呼びに来てブラッシングをねだるのに、今日のジョンは落ち着いている。
 普段ならブラッシングしてもらえるまでしつこく鳴き続けるのに。

「あら、わたしのブラシを見なかった?」
 洗面所からお母さんの声がした。お母さんのブラシが見つからないみたい。

 そこで僕は、昨日の夜の出来事を思い出した。
 昨日の夜、自分の部屋で寝ていたらどうしてもおしっこがしたくなってしまい、ひとりで階段を降りてトイレに行った。
 その時、お父さんもお母さんも寝てしまっていて誰もいないはずの居間から、話し声が聞こえた。
 僕はとても怖かったけれど、廊下からこっそりのぞいて話し声に耳をすませてみた。

 すると、居間ではなんと犬のジョンが、ジョンのお気に入りのブラシと話をしていた。
「明日はいよいよ1年に1回のブラシの遠足だね」
 ジョンがブラシに話しかける。
「今年はどこへ行くの?」
 するとブラシは、「今年は温泉だよ。家中のブラシが出かけるから、明日はブラッシングなしで我慢してね」と答える。
 ジョンは、「1日くらいへっちゃらだよ」といっていばってみせた。

 今の今まで、昨夜のことはすっかり夢だと思い込んでいた。
 今日は、家中のブラシが遠足に行ってるんだ。
 ジョンは、ブラシが遠足に行っていることを知っているのですましているように見える。

 次の日の朝、洗面所からお母さんの声がする。
「あら、こんなところにブラシがあった。昨日も見たはずなのに」
 ジョンのブラシもいつもの置き場所にあった。僕は1日ぶりにジョンをブラッシングする。ジョンは満足そうだ。

 すると、今度はお母さんの悲鳴が聞こえてきた。
「お母さんのブラシがジョンの毛だらけじゃない!」
 僕は思わずジョンの顔を見つめると、ジョンは訳知り顔で笑っている。
 僕にはジョンが、
「ははあ。ブラシのやつ、掛け湯をしないで温泉に入ったな」
 と言った気がした。