無職の絵日記

ただ何もしていないだけです。

その1割が心配なのです

心配ごとの9割は実現しないと言われますが、そう言われたところで残りの1割を心配してしまうのが心配性の所以なのです。もちろん心配性といえども年がら年中、心配ばかりしているわけではないのですが、体調が悪かったりメンタルが弱っていたりすると、普段はなんとも思っていなかったようなことが、急に心配になったりします。不確実性の時代と称される現代においては、新聞やニュースを見れば将来の先行きが不安になるような話で溢れています。

新聞やニュースなど見なければいいじゃないかと言われたらその通りなのですが、やっぱり社会に暮らしている以上、いろいろと気になるわけですね。FIREとか言うほどたいそうなもんではありませんが、資産運用によって資産が尽きるのを先送りしようと試みている以上、この先世の中がどうなるのか気にしておく必要があります。短期売買をするわけではありませんが、現金比率の調整だとか為替の見通しだとかアセットバランスだとかを考える必要があるのです。社会から距離を取って暮らしたいと考えながらも、資本主義の発展をあてにしていますので、虫のいい話ではありますが。

畢竟、世の中についての私の関心ごとというのは、この先も世界経済がある程度の効率性を持って発展してくれるのかどうか、ということが大きいようです。これを気にするあまり新聞やニュースを見ることをやめられず、結果として自身のメンタルを弱らせ、心配性をこじらせているのです。これは我ながら不健全な状態であるなあと思います。とはいえ、資本主義からまったく離れて自給自足で暮らしていけるわけでもありませんので、できるだけお金を使わず暮らしていくことくらいしかできません。