取るに足らない不安
この数日なんとなく落ち着かない気持ちでいるのは、日常的に通っているいくつかの図書館のうちのひおつがしばらく閉館するからです。3ヶ月くらい閉館しますので、そこで借りた本の返却期限は3ヶ月後ということになります。もちろんその前に返却したい場合には、同じ自治体の他の図書館に返却することができます。しかし、その間、その図書館に貯蔵されている本やDVD、CDを借り出すことはできません。自治体の他の図書館は通常通り利用できますので、読む本に困ることはないのですが、それでもやはり不安になるのです。
図書館まではいつも徒歩で向かいます。どの図書館へ行くときもそうです。普段はルイボスティーやジャスミンティーを入れた水筒を持ち歩くことが多いですが、今日は途中のコンビニエンスストアでホットコーヒーを買い求めました。少しの贅沢ではありますが、期間限定の楽天ポイントがありましたので、これを使うことにしました。ホットコーヒーを税込み130円で買うことのできるこのコンビニエンスストアは、野菜もモノによってはスーパーマーケットなどより安く買うことができ、重宝します。
閉館前の最終日には混雑するのではないかと予想しましたが、実際にはそんなことはありませんでした。平日ということもあるかもしれませんが、自治体に複数あるうちのひとつの図書館がしばらく閉まるということは、ほとんどの人にとって大した問題ではないのかもしれません。他の利用者は特に浮き足立つことなく、いつも通り新聞や雑誌を読んだり自習席を利用したり本を貸し出したりしていたようです。図書館の職員もここにきて特にばたばたすることもないようでいつもより忙しそうということもありませんでした(閉館後に大変になるのかもしれませんが)。
私はと言えば、わざわざ他の館には置いていない本を調べた上で、貸し出し制限の数だけ借りておきました。SFのアンソロジーや翻訳の大物など、3ヶ月間借りていられるということを念頭に選びました。図書館に3ヶ月間入ることができなくなることには不安を感じていましたが、普段と違う状況の中で(勝手に)特定の縛りを設けて本を選べるというのも、刺激の少ない生活の中では楽しいものでありました。
思い出などあるわけない
今週のお題「初任給」
初任給という言葉にはどこかポジティブな響きがありますね。特に最近は新卒の給与が30万円を超えたとか景気のいい話を聞くことが増えました。もちろん若い人にとってはいいことだと思いますが、なんとなく今の若い人はそれで浮かれたりすることもないようなイメージです。若い人と話す機会がないのでわかりませんが。私は氷河期世代真っ只中に就職活動もせずにバイトの延長のような形で社会人生活というものに足を踏み入れてしまった口ですので、はっきりと初任給というものを意識したことがないのです。もちろんこれからも意識することはないでしょうから、その機会は永遠に失われたといってよいでしょう。まさに失われた世代です。
当時、家計簿をつけていたわけありませんし、資産形成みたいな概念すらありませんでしたから、何にお金を使っていたのか全く覚えていません。ただ、当時は今と違って映画を見たり音楽を聴いたりするのにお金がかかる時代でした。当時から映画館に行く機会はそれほど多くありませんでしたが、近所のTSUTAYAには入り浸って映画のVHSやCDを借りていました。時にはCDを買ったりアナログレコードを買うこともありました。雑誌もよく買っていましたし、書籍も買っていたと思います。今はサブスクリプションでたいていの映画を見ることができますし、音楽もまたしかりです。雑誌を買うことはなくなりましたし、TUSUTAYAの代わりに図書館に入り浸るようになりました。
今の若い人は初任給から新NISAで積立をしたりもするのでしょうか。今のマーケットは積立を始めるのにはよいかもしれませんね。これから退職するひとには厳しいですが。私たちの世代はバブル崩壊、リーマンショック、コロナ禍などスタートからコンスタントにイベント盛りだくさんでもうお腹いっぱいですが、新社会人のみなさんの将来には幸あれかしと願います。
怪談

今また、怪談ブームだということです。もう30年以上前になりますが、私が小学生の頃は夏休みになると、テレビで怖い話だとか心霊写真だとかの番組が放送されていました。今でもそうなんでしょうか。Tverなんかを見ていると、怪談とは少し違いますが、最近はモキュメンタリーホラーの番組がよく作られているようですね。これはどちらかといいうと、子供向けというよりは大人向けのように思います。私は子供の頃からどちらかと言えば怪談が好きな方だったかと思いますが、怖い話が好きというよりは不思議な話が好きでした。世にも奇妙な物語とか好きでしたね。
小学生の時だったかと思いますが、自分の住んでいる街が街の風景はそのままで人間がひとりもいなくなってしまうというドラマを見て、しばらく恐怖したことを覚えています。また、ボンボンかなにかの漫画雑誌で、急に人間の食欲が止まらなくなり共食いを始めるというような漫画を読んだ記憶も残っています。これも、自分ひとりだけが以前と同じ自分で、周囲の人間が別人のようになっているという話です。物語の序盤で主人公の少年が友人とトイレに行くのですが、隣で用を足している友人が壁を這っているゴキブリを手づかみで口に入れてむしゃむしゃと食べてしまうシーンを今でも覚えています。
最近はYoutubeで怪談のチャンネルが多いので、寝る時によく聞いています。やはり怖い話というよりは不思議な話が好きですので、有名な下北沢の異界の話みたいなのを探して聞いています。先日も怪談を聞きながら寝入ったのですが、珍しくこれが影響しただろう夢を見ました。夢の中で私は怪談を話すことを求められています。ですが、話す怪談が思いつかず、出番の時間に間に合いません。急かされながらも何とか怪談をまとめ、ようやく話すことができそうだ、というところで目が覚めました。おもしろかったのは、話すところまではいかなかったものの、この話をこうやって話そうと夢の中で考えたエピソードが、私の実体験だったことです。
まあ、あの話は確かに少し不思議といえば不思議だけど、自分はあのエピソードを怪談と認識していたんだなあ、と妙な感心を覚えました。
狩猟・採集生活に戻った人たち

人間はものを食べないと生きていけません。ですから、食糧生産というのは人間にとって最も重要な活動といって差し支えないでしょう。ですが、現代において食糧生産に直接的に関わっている人はどれくらいいるでしょうか。都市部に住んでいると、農家や酪農家など食糧生産を行っている人が周りにいることもありませんし、知り合いになることもありません。スーパーで売っている野菜の袋に農家の方の写真が載っていることがありますが、これは食糧生産者の存在を意識する数少ない機会です。これだけ食糧生産から遠ざかっても生きていけるということは、それだけ文明が発達しているということでしょう。
文明の条件として、書き言葉の使用とともに余剰食糧の生産があげられるそうです。確かに、全員が食糧生産に従事している社会では、それ以外の分野における科学的・文化的な発展がなされることは難しいでしょう。実際、人間というものが誕生してから20万年くらいは狩猟・採集生活を送っていて、この間は全員が食糧の確保に従事するだけで他のことはほとんど何もしなかったようです(動物は普通そうですね)。その後、どういうきっかけか分かりませんが、食べるのに適した植物の栽培や動物を家畜化することに目覚めたことで余剰食糧の生産が可能になり、文明が生まれたということです。
ただ、農耕を始めると単純なカロリー摂取という面では有利になりますが、食べ物が画一化しますので、栄養面などでは偏りが出てしまったようです。狩猟・採集を行っている人たちの方が、動物に襲われるなどの危険はあったと思いますが、いろいろな食べ物を食べることができましたし労働時間も短かったようです。遺跡を調べると、一度は農耕を始めたものの、しばらくしてからまた狩猟・採集に戻ってしまった人たちもいたようです。この人たちの気持ちは非常によく分かります。農耕には安定した食糧供給というメリットがありますが、食糧の保存が可能になったり仕事が専門化したことに伴い、貧富の差が生まれたりもします。
人類という種全体の繁栄を考えた場合には、農耕を行って余剰食糧を生産することが最適解だったのかもしれませんが、個々の人間の幸せを重視した場合にどちらがよかったのかは、かなり意見が分かれるところだと思います。
ふるさと納税は税金の先払い

収入があった時には、ふるさと納税を利用して食品など入手していました。食品といっても、冷蔵や冷凍が必要なものは早く食べ切らなければというプレッシャーを受けますので、なるべく常温保存が可能な日持ちするものを選んでいました。まあ、そうするとナッツみたいなものばかりになってしまうのですが。ただ、ナッツもお店で買おうとするとなかなかの値段がしますから助かっていました。楽天のふるさと納税ランキングではナッツが上位に入っていましたので、同じような考えの人も多いのではないかと思います。
お米の価格が上がってからはふるさと納税でお米を選ぶ人が増えたようですが、供給が間に合っていないという話も聞きます。通販と違って何日以内に発送しますというものではありませんので、すぐに欲しいものはふるさと納税で入手しようとすると不便になります。ふるさと納税は、官製通販とか仲介業者が儲かるだけだとかいう批判もありますが、庶民としては少しでも得する制度があれば使うだけです。会社員にできる唯一といってもよい節税でもあるわけですから。
ただ、ふるさと納税には返礼品が手に入るというのとは別に、税の先払いという側面もあります。ふるさと納税を行うと、所得税と住民税が控除されますが、このうち住民税については翌年に支払う税金からの控除になるのです。これは、失職などして収入が途絶えた場合に助かります。収入がないにも関わらず前年の収入に応じた金額の税金が徴収されてしまうのが住民税だからです。それを収入のあるうちにできるだけ払っておくということができるのがふるさと納税なのです。この利点は失職したことのある人でないと実感しづらいかもしれません。
寿司職人は寿司を数え間違えない

今になって振り返ると、自分のことであるにも関わらず、なんであんなことをしたのかと不思議になることが多々あります。もう10年以上前にはなりますが、たまに昼を食べに行く寿司屋がありました。回転寿司ではありませんでしたが、リーズナブルなお店で当時ランチを千円ほどで食べることができました。チェーン店というほどではありませんが、その街にいくつか店舗がありました。私が通っていたのは、その中で一番大きいお店でカウンターの中に板前が3人いて寿司を握っていました。
ランチセットは、握りが10貫で当時、千円ちょっとだったと思います。回転寿司に行くより安く済みましたし何よりおいしかったので、昼時にその街に立ち寄る際の楽しみになっていました。ある日、いつものようにランチセットを頼んで少し食べ進めてから、セットの寿司が10貫に足りていなかったことに気がつきました。それで板前にそのことを告げると、板前は変な顔をしながらも無言で私の寿司下駄に寿司を追加してくれました。私は正当な権利を行使したことに満足し、おいしく寿司を味わいました。
この時は本気で寿司が足りていないと思い込んでいたのですが、しばらくして、あれは自分の勘違いだったのではないかと思うようになりました。それから何度かその時のことを考えることがありましたが、今では寿司が最初から10貫あったのだということを確信しています。当時の私の思考回路は被害妄想に侵されており、常に他人が自分の権利を侵害しようとしているのだと考える傾向がありました。冷静に考えれば寿司職人がセットの寿司を1貫足りなく作るわけがないのですが。
後になって冷静に考えると、当時どうしてそんなふうに考えたのか、またそんなことをしてしまったのか、ということが多々あります。そんなとき、その時の自分が今の自分と同じ人間であるということを受け入れがたく思ったりもします。
夢診断の意義

昨夜は夢を2つ見ました。夢の二本立てです。私は必ず夜中に何回か目覚めます。ぐっすりと朝まで眠り続けるということはありません。一度に見る夢はひとつですが、一晩に何回も寝ますので、夢も複数になることがあります。目が覚めてまたすぐに寝ることもあれば、何かしてから寝ることもあります。昨晩は目覚めた時にAmazon Primeでジークアクスの3話目が公開されていることに気がつきましたので、それを観てからみました。今回はカムランが出てきましたね。私はカイ・シデンが好きなのですが、今後、カイ・シデンが出てくることもあるのでしょうか。
1つ目の夢は、服を着たままシャワーを浴びているという夢です。普段、寝る時に着ている服を着ており、ごろごろと寝転がりながら熱いシャワーを浴びていました。手には古い漫画雑誌を持っており、それを読んでいるのですが、なぜか漫画雑誌は濡れることがないようでした。シャワー室に扉はなく、暗い廊下が延々と続いているのが見えました。現実には物理的な漫画雑誌を買わなくなり久しいですが、マンションのゴミ捨て場には資源ごみの回収日に合わせて定期的に紐でくくられたジャンプが捨てられています。中年男性がジャンプを手にマンションに入ってくるところを見かけたこともあり、今でもジャンプを楽しめる同年代を少し羨ましく感じました。
2つ目の夢は、大きい地震が発生する夢です。料理屋の2階で、大勢で食事をとっている時に地震が起きました。不思議なのは、私は現実には大勢で食事をとる機会など久しくないのに、夢になるとそのようなシチュエーションが多いことです。また、夢の中で地震のような災害が起こると、夢の中の私は非常に冷静に振る舞います。はたして現実でもそのような振る舞いが可能なものでしょうか。私は夢の中で、「棚が倒れるぞ」などと警告を発します。そうすると、本当に棚が倒れて怪我をする人が出ます。私は揺れが収まってからその人たちを助けます。現実でそんなことができるのかは疑わしいです。
世の中に夢診断とか夢占いとかいったものがありますが、ああいうものの意義は、現実において発生する難しい状況に納得できなかったり、理解が追いつかなかったりする場合に、その解釈を助けるところにあるのでしょう。人間というものは、気分がすっきりして物事に臨めばたいていのことは乗り越えることができますが、もやもやしたままでは前に進むことができません。他の占い一般もそうかもしれませんが、とにもかくにも自分を納得させる上で、説得力を持つ(と思える)手段に頼ることができるということが肝要なのでしょう。